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大阪地方裁判所 昭和29年(ワ)4770号 判決

原告 小西きぬ

右代理人 徳矢馨

被告 矢倉勇

右代理人 古野周蔵

〈外一名〉

主文

原告と被告との間において、昭和二九年三月二五日になされたとする原告が別紙目録記載の不動産を被告に代物弁済するとの契約は、不存在であることを確認する。

被告は原告に対し、前記不動産につき、昭和二九年三月三一日大阪法務局天王寺出張所受付第五、八五四号を以つてなした同月二五日代物弁済を原因とする取得者被告なる所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

原告のその余の請求は、之を棄却する。

訴訟費用は、之を三分し、その二を被告の負担とし、その一を原告の負担とする。

理由

本件不動産につき、原告主張の日時に原告主張の根抵当権設定登記、所有権移転請求権保全の仮登記及び所有権取得登記がなされていることは、当事者間に争いがない。

原告の名下の印影が、原告の印影であることに争いがなく、被告本人尋問の結果によりその他の部分も真正に成立したものと認め得る乙第一号証、成立に争いのない甲第一号証、同第二号証中添附書類欄の記載、証人吉田辰治の証言及び被告本人尋問の結果を綜合すれば、昭和二七年初頃訴外大阪機工具製作株式会社代表取締役木下藤五郎は、その友人である訴外吉田辰治に右訴外会社の工員に対する給料等の支払に窮して居るから金員を貸与されたいと懇請したが、吉田辰治は、自分は金を持合せて居らないから被告から金融を受けてやると云い、被告にその旨依頼したので、被告は、訴外会社に対して吉田の斡旋により昭和二七年一二月一六日までの間に三回程に亘り合計金五〇万円を手形割引の方法で貸与したが、右貸金が金五〇万円に達したので、担保を提供することを要求したところ、訴外会社代表取締役木下藤五郎は之を了承し、同人の内縁の妻である原告の承諾の下に原告所有の本件物件に根抵当権を設定することとしたこと、一方原告は、右木下藤五郎の依頼により昭和二七年一二月一六日被告に対し、訴外会社に対する前記債務金五〇万円を手形割引最高極度額とし、日限昭和二七年一二月一六日から昭和二八年九月三〇日迄、利息月六分(登記簿上は年一割)、利息支払方法及び元金支払方法手形支払期日に元利返済、特約万一元利金を返済せぬ折は本件不動産を無条件で債権者の指図人の所有に帰しその期日に必ず明渡すこと(登記簿上の特約は、元金支払期日に返済せぬときは期限の利益を失う)等を約し、連帯保証を為すと共に本件不動産につき根抵当権を設定することを約したこと、原告は、訴外会社の依頼により被告の要求をいれて、担保として本件不動産につき根抵当権を設定するとともに、期限に不履行のときは、本件不動産を代物弁済することを承諾し、その旨記載した借用契約証(乙第一号証)を作成し、被告と共に所轄東成区役所に行き印鑑証明書の下付を受けると共に某司法書士の事務所に於いて前記根抵当権設定登記、仮登記及び本登記に必要な白紙委任状等の書類を作成して署名捺印し、之を本件不動産の権利証と共に被告に交付し、被告は、これにもとづいて昭和二七年一二月一七日根抵当権設定登記及び代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記の手続をなした事実を夫々認めることができる。右認定に反し、原告は、前記金五〇万円は、訴外会社が、吉田辰治から借受けたもので被告から借受けたのではなく、又本件不動産に根抵当権を設定することのみ承諾したに過ぎないのに、被告は、原告の交付した白紙委任状等を冒用して、前記の登記手続をなしたと主張するが、右主張に副う証人木下藤五郎の証言及び原告本人尋問の結果は、前掲の証拠と対比して採用できないし、他に前記認定をくつがえし、原告の右主張事実を認めるに足る証拠はない。

次に、原告は、右代物弁済の予約は、被告の詐欺による原告の意思表示であるから、之を取消す旨主張するが、右代物弁済予約が、被告の詐欺により為されたものであることを認めるに足る証拠はなく、却つて、前記認定事実からすれば、右代物弁済の予約は、前記事実関係を了知の上、原告の真意にもとづいてなされたものであることは明白であるから、之を取消すことはできない。従つて、原告の右主張は理由がない。

しかしながら、前記仮登記の登記原因たる代物弁済予約が、被告の主張するように停止条件附代物弁済契約であるか、それとも単なる代物弁済の予約であるかは検討を要するところである。前掲の乙第一号証(借用契約証)によれば、「元利金を返済せぬ折は、仮登記及び根抵当権設定の原告の物件を無条件にて債権者の指図人の所有に帰し、期日に必ず明渡す事」なる旨の記載があるが、このような記載を以つて、直ちに停止条件附代物弁済契約であると認定することはできない。停止条件附代物弁済契約であるか単なる代物弁済の予約であるかは当事者の意思、契約当時の諸般の事情を考慮して決定さるべきである。本件においては、所有権移転請求権保全の仮登記とともに同日に約定し同日に受付られた根抵当権設定登記が存在することは、既に認定したとおりであるが、もし前記契約が、停止条件附代物弁済契約とするならば、弁済期後債務を履行しない場合当然に本件不動産は被告の所有のものとなり、他に担保方法として約定された根抵当権の実行は理論的に不能とさえなるものであること、又このように根抵当権の設定と代物弁済の約定がなされているような場合一般には、物件の時価の変動があること或はそのものの隠れたる瑕疵の存否が約定当時に不明なものであることが多いことなどよりして、停止条件附代物弁済契約とすれば、債権者に不測の損害を蒙むらせる虞があり、又一方債務者も債権者がいかなる担保方法を行使するか不明で不測の損害を蒙むる虞があるから、当事者の約定の真意は停止条件附代物弁済契約でなくして、債権者に代物弁済予約に基く代物弁済に因る所有権を取得するか、又は抵当権の実行をするかのいずれかの担保方法行使の選択権が与えられているものと解するのが相当であつて、本件においても、前記契約は、単なる代物弁済予約であると認めるのを相当とする。そうだとすれば、本件不動産につき、原告と被告間に代物弁済契約が成立するためには、被告から原告に対し、少くとも前記債務の弁済期経過後代物弁済予約の完結の意思表示がなされることが必要である。そして、前記債務の弁済期を経過した後も訴外会社及び原告がその弁済を為さないことは原告の明らかに争わないところであるから之を自白したものとみなされる。しかし、被告は、右代物弁済予約を停止条件附代物弁済契約であるとの見解の下に、予約完結の意思表示をなさないで、本件不動産につき所有権取得の登記(冒頭認定のとおりの)をなしたものであることは、その主張自体からも、又被告及び原告各本人尋問の結果からも明白である。従つて、原告と被告との間において本件不動産につき、代物弁済契約は未だ成立せず、その所有権は被告に移転せず、所有権取得登記は原因を欠くものであるから、被告は、原告に対し、その登記を抹消すべき義務がある。

以上のとおりであるから、他の争点につき判断するまでもなく、原告の本件請求中、原告が、被告に対し、主文第一項記載の代物弁済契約の不存在確認(原告は、無効確認を求めているが、不存在確認を求める趣旨であることは、原告の主張自体から明白である)、主文第二項記載の所有権移転登記の抹消登記手続を求める限度に於いて正当であることが明らかであるから、之を認容するが、所有権移転請求権保全の仮登記の抹消に関する部分は理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡野幸之助)

〈以下省略〉

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